航空機製造技術を詰め込まれた『ゼロ戦』

第二次世界大戦中、アメリカ軍は『3つのNever』を戦闘機のパイロットに勧告していたという。

「格闘戦をしてはならない」
「背後を取れない場合は時速300マイル以下で空戦をしてはならない」
「上昇する零戦を追尾してはならない」


この3つのNeverはゼロ戦との空戦に対してパイロットに勧告されたものだ。

第二次世界大戦時、日本の航空機製造技術の粋が凝縮されているのは、やはりゼロ戦(零式戦闘機)であろう。いくつかの世界初となる技術が投入されていたのみならず、戦時下にゼロ戦の機体を手に入れて調べたアメリカ軍ですら、戦後まで気づかなかった技術が織り込まれていたのだ。


このゼロ戦の大きな特徴のひとつに、当時の戦闘機としては驚異的な航続距離が挙げられる。

切り離しができる燃料タンク『増槽』

戦闘を目的とした場合、機体の軽さはもちろんの事、高出力のエンジンも求められる。当然高出力のエンジンは重くなるし、燃料の消費も激しくなる。となれば大量に燃料を積まなくてはならなくなり、結果機体は重くなる。重くなった機体は更に燃料を消費する…

こういった問題を解決したのが世界初の「落下式燃料タンク」で増槽と呼ばれるものだ。


長距離を航行する場合はこの「増槽」を取り付けその燃料を使う。戦闘の際には、この「増槽」を切り離し機体を軽くする。

当時の欧米の戦闘機の平均的な航続距離は、ゼロ戦の半分にも満たなかった。それだけゼロ戦のエンジンは燃費が良く、通常でも満タンで2222キロ、これに330リットルの増槽を取り付けると航続距離は3500キロにまで達した。この「増槽」のアイディアは、すぐに欧米の戦闘機が採用することになる。

 

軽い機体を実現させた『超超ジュラルミン』

明治39 (1906)年にドイツで発見されたアルミニウム合金がジュラルミン。
他の金属よりも軽く強度もあるので、当時、航空機を造る材質として、うってつけであった。

そのジュラルミンの強度を更に増したのが超ジュラルミンなのだが、ゼロ戦にはその機体を軽く、強くするため『超々ジュラルミン』という素材を使用している。

これは「超ジュラルミン」を超える合金をつくってくれ」という海軍の要請により、昭和11年(1936年)に住友金属が作り出したもの。

『超々ジュラルミン』は、それまでの超ジュラルミンよりも強く、33 %も軽かったのだ。この超超ジュラルミン、ゼロ戦の主翼の一部に用いられ、それだけで30キロ程の軽量化を実現している。

余談になるがこの超超ジュラルミン、確かに同じサイズの鉄板より軽く、強度もあるが鉄に比べて曲げなどの加工性は悪い。


以前、曲げ加工しようとしてプレス機に掛けたら突然折れてしまった。

戦後まで気づかれなかった翼端ねじり下げ

ゼロ戦の主翼は胴体から先端に行くに従っ
て、前側が下向きにねじれている。
この「ねじり下げ」のおかげで、ゼロ戦は旋回性能が良く、失速せずに急上昇することができたのだ。


だがこの構造、アメリカ軍が戦争中ゼロ戦の機体を入手して研究をしても、戦後になるまで気がつかなかった。

それもそのはず、この「ねじれ」は、最大でも2.5度しかないのだ。

一見しただけで判らないのは当然だが、仮に測定したとしても気付けなかったのではないだろうか。日本で生まれたこの技術、現在ではほとんどの航空機が採用しているのだから、いかに革新的なものであったかが窺い知れる。


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