死神ベンツの逸話は本当か?

 

やあ、ひさしぶり。ぎんときくんだよ。暑さでマイっていたとかそういう事ではないぞ?さて、今回は都市伝説的な話をしようか。夏だしな。
ふーん。そりゃあんたにしては珍しくタイムリーな話ね。んで?どんな都市伝説よ?
よくみろよ?タイトルにあんだろぉ?『死神ベンツ』ってやつだ。

 

1914年6月28日、オーストリアの皇太子フェルディナントと妃殿下が旅行中、サラエボって街に立ち寄った。そこに発注していた真っ赤なベンツが完成して、ホテルに届けられたんだ。

さっそくドライブとしゃれこもうじゃないか!』

とばかりにサラエボの街に車で出かけたんだな。そうしたところ……

プリンツィブという若い男が飛び出してきてピストルを乱射、皇太子夫妻を暗殺してしまうんですよ。

この事件が火種になって第一次世界大戦が始まってしまいます。


んだ。さて、そっからこの皇太子が乗ってたベンツがどうなったかって言うと

2番目の所有者とされるオーストリア軍師団長のポクレチオ将軍は21日後に発狂して死亡。

3番目の持ち主はその部下のスメリア大尉。9日目に2人の農民を轢き殺し自分も木に激突して死亡。

まあ、こういった具合に9人の持ち主を渡り歩き、その間に18人の犠牲者を出した。持ち主に次々と様々な不幸を振りまいてたってわけだ。

そんで?そのベンツはどうなったの?そんなに事故ったりなんかしたらボロボロでしょうに。

ところがギッチョンチョン、そうは問屋がイカの足。修復されてウイーン軍事史博物館に展示される事になったんだ。

1説には戦時中、空爆で博物館ごと爆破されてしまったとされているが今も現存してるぞ。しかも皇太子が撃たれたときの銃弾の跡まで残ってる。

実際の話としてはこうだ。

暗殺事件の後、所有者のハラッハ伯爵が皇帝フランツ・ヨーゼフ1世に車を献上、1914~1944年まで博物館に展示されていたらしい。たしかに第二次大戦末期に空爆を受けて博物館の1部とともに車も被害を受けたんだ。だが、博物館も車も修復され、1957年から再び展示されてる。

んじゃ、ガセネタ決定じゃん。そんなに何回も事故にあって修復してんのに、銃弾の跡を治さないとか変じゃん。
ま、そういうこった。ベンツってのはドイツ車だがこの車はオーストリア製。しかも色は赤じゃねえ。黒だ。
は?ガセっすか!許せねぇっす!なんなんすか!
相変わらず血の気がおおいね?まさやん。襟もしっかり立ってるぞ。

確かにガセネタには違いないが、この手の話にはオヒレハヒレが付き物だ。

だがその後の持ち主の実名まで入っての話なんで、他にそんな車があったとも思える。

友達から聞いたんだけどぉ、とか友達の友達が言ってたんだけどぉ……だけじゃなく、何か元になる話があったんじゃないか?って考えるね、僕は。

と、言うわけで、このネタは調査継続!

求む!真実!


Also published on Medium.


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

This site uses Akismet to reduce spam. Learn how your comment data is processed.