他人は自分を映す鏡。それの指す意味

昨晩は凄まじい風で家が吹き飛んでしまうのではないか?なんて思うほどの強風でした。

今朝のニュースで横浜の港に積んであるコンテナ(大型トラックで引っ張ってる大きな箱、ありますよね)が強風で吹き飛ばされ落下する様を放送してました。

自然の力って凄まじい。。。なんて改めて思い直しているぎんときくんです。(*´∀`*)ノ。+゜*。

 

 

他人は自分を映す鏡である。

 

 

聞くことありませんか?

今回はこの言葉について少しだけ掘り下げて考えてみようと思います。

あっ、僕は宗教家ではありません。念のため(笑)

こういった考えもあるのだなあ・・程度に頭の片隅にでも置いて頂けると幸いです。

 

 

あなたが無人島に一人でいます。

周りには誰もいません。そんな状況を想像してみましょうか。

 

この世のありとあらゆる思いつく限りの罵詈雑言を吐き出したところで誰ひとりとして聞いてはいません。

泣こうが喚こうが誰からも苦情は出ない。当然ですよね。

 

この時あなたは「他人を通して自分を知る機会」はありません。

けれどもこの様なケースはほぼありませんよね。

僕たちは常に小規模のコミュニティーに属しつつ、更に大きなコミュニティーにも属しているのですから。

まず家族であったり友達であったり。そんな最小単位のコミュニティー。

職場や地域、交際範囲の広い方ならいくつかのコミュニティーに属しながら世界という巨大なコミュニティーに属しています。

 

この場合必ず接しなければならないのは「人」。避けて通るわけにはいきません。

 

朝の挨拶。

気持ちよく「おはよう」。そんな風に挨拶しても返してもらえない事があります。ちょっとヘコミますよね。

 

もしかしたら

相手に聞こえてないかも知れません。

機嫌が悪くて話したくない状態かも知れません。

 

真相はどうであれ、この時あなたは挨拶した相手を通して自分自身を覗いているのです。「人」という鏡を通して。

 

あなたが普段から嫌だなぁと感じている相手には、相手に対しての普段からの言動・立ち居振る舞い・態度などからそれが伝わっているものです。

相手が嫌だなあと感じている事をすれば当然相手の感情は穏やかではないでしょうからその行為は自分に帰ってきます。

冷たい態度を取れば冷たくされるでしょうし、心無い事をすればそれもまたあなた自身に帰ってきます。

 

例を一つ。

 

僕は会社員です。機械関連の仕事ですので現場にも出ます。小さな会社ですので社長と社内外で顔を合わせる機会も多いです。

僕が勤め始めた頃、この社長どういう訳か挨拶しても返答する事がほぼありませんでした。

 

最初のうちは聞こえていないのかな?

機嫌悪いのかな?

 

と思っていたのですが、他の社員の方々に聞くとずっとそうだと言います。

 

入社して2年程経過した頃、僕は彼に対して挨拶するのをやめました。まだ若かったので(笑)

そんなある日、彼と現場ですれ違った時も敢えて何の挨拶もせず通り過ぎたのですが。

 

その場で「何故挨拶をしないのか?」と問われました。

 

簡単です。僕はあなたの鏡なのですよ?

あなたがしない、反射しないのに返るわけがないのです。

 

 

真っ暗な中で鏡と対面してみましょう。何も見えませんよね(笑)

 

では灯りを一つ用意しましょうか。

この灯りで何処を照らすのが一番効果的だと思いますか?

 

鏡? いえいえ。

鏡を照らしても鏡に映った自分自身は暗いままです。

 

では?

そうです。自分自信です。自分自信を明るく照らすと鏡の中の自分も明るく映ります。

 

相手が自分の鏡であるのならまず自分自身を照らさなければいけません。

それでも暗い・・・そんな時ですか?

 

いいじゃないですか、そんな事もあるでしょう。

その時は割り切りましょう。住む世界が別なのだとスッキリ割り切ってしまっていいと思います。

我慢の継続は何一ついい事はないです。

 

 

その後、社長はどうなったのかと言いますと、経営者として自分でよろしくないと気づいたのでしょう。

セミナーに足繁く通う様になりました。

今ではキッチリ挨拶を返してくれる様になりました。素晴らしい事だと思います。

 

人ってこんなふうに変われるものなんです。

 

全ては自分に返ります。

良きにつけ悪しきにつけ。

 

心に留めておいて下さると光栄です。

 

自分が弓を引いた時。

鏡の中の自分もまた

自分自身に弓を引いているのです。


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